上も下も無く。

この時期の山土は冬の間に溜め込んだ力を一気に放出する。

 

 

 

 

自分は今、「アート」ってものに携わっていることになるのだろうが、本来的には絵を描いてはいるが「アート」かどうかなんて至極どうでもよくて、格好良いものを作りたいだけ。自分が興奮できて尚且つ目にした人が楽しめればそれが最高。言葉で括られるほど狭小なものではないし。

 

ジャンル分けは便宜上なだけで、名前は後から付けられればいい。名前を付けることで、その存在がもつ広がりを押し込めるっていいう力が強い社会だからこそ「何か」であり続けることにこそ意味が存在すると思っている。もちろん漠然とさせることで逃げ場を作っているのではなく、蒙昧としたものの中から意味を拾い上げる方が遥かに難しいことは承知の上で。

 

 

ここ数年思うのは、美術系の大学なんかに所属している下の世代を見ていて鼻っから「アーティストになりたい」っていう様な人間が増え過ぎている気がする。

 

それは自分の作品に対するプライドや探究心、或は自らの生き方への覚悟・希求ではなく、寧ろそれらの部分がすっぽりと抜け落ちた状態の只の言葉。

 

表現することの欲求や渇望が欠落した「表現っぽい」何か。経験や実践から紡ぎ出された言葉ではなくふんわりとした「アートっぽい」「アーティストっぽい」何か。

 

実際、出てくるものも比較的メディアで目にする作家の真似事みたいなのがかなり多い。それを人の眼前に躊躇も恥じらいもなく。ただのファッションアイコンなんだろうな。彼ら彼女らにとって。「アート」って。

 

 

 

 

 

 

・・・まあ、分かってる風なことをつらつらと書きましたが、思いつきを並べただけなのでお気になさらず。というかこの短い文章で「アート」って連呼してる自分がだいぶイタイ気がしてきた。

精神の均衡を保つために、

 

 

 

 

 

うんこびちびち

 

 

 

 

 

 

おもろいこと目一杯やってきましょー。

ニヤリ。